大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

千葉地方裁判所 昭和24年(ワ)75号 判決

原告 林藤吉郎

被告 目崎米藏

一、主  文

原告の請求は之を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は被告は原告に対し千葉市稻毛町一丁目九百十六番地所在木造瓦葺平家建家屋一棟建坪二十一坪七合五勺を明渡し、且つ昭和二十四年十二月一日以降右明渡済に至るまで一ケ月金百五十円の割合による金員を支拂え、訴訟費用は被告の負担とするとの判決並びに仮執行の宣言を求め、

その請求の原因として、

一、原告はその所有に係る右家屋を昭和十六年中に訴外の株式会社加藤製作所に同社々員の住宅として他五戸の家屋と共に一ケ月の賃料合計金二百五十円毎月末拂の約で期間を定めず賃貸した。

二、ところが原告は昭和二十三年十二月五日株式会社加藤製作所との間に本件家屋の賃貸借契約を同年十二月末日限り解消する旨の合意解除が成立した。

三、然るに被告はこれよりさき本件家屋を同会社より轉借使用していたので、原告は昭和二十三年十二月二十五日被告に対して同会社との間に本件家屋の賃貸借契約を合意解除した旨を通知し且つ原告が自ら使用する必要があることを事由に解約の申入を爲したが被告は之に應じなかつたので原告は已むなく千葉簡易裁判所に対し家屋明渡の調停を申立たが被告は更に之に應じなかつた。然れども被告の轉借権は右通知及び解約申入のときより六ケ月を経過した昭和二十四年六月二十四日の終了を以て消滅したので、原告は右家屋の明渡を求むる爲本訴請求に及んだ。

四、尚右家屋の合意解除当時の賃料は一ケ月金百五十円であり、被告は原告の爲昭和二十四年一月分より同年十一月分迄の賃料又は之に相当する損害金を供託しているから、原告は被告に対し昭和二十四年十二月一日より本件家屋明渡済に至るまで一ケ月金百五十円の割合による賃料相当の損害金の支拂を併せ求む。

五、原告が本件家屋の明渡を求むる理由は次の通りである。

原告は現在妻と母、子供二人の家族と共に妹林春子方に同居中のところ、春子は最近婚約が成立したが相手方は子供二人を抱え、現在東京都品川区に間借し家主より家屋が狹いからとて立退を求められて居るので、春子と結婚すれば右借間より退去し春子方に同棲しなければならぬのであるが、春子方は手狹なのでこのまゝでは春子の新婚同棲も不可能なので、原告は春子方より至急退去を求められているのに反し、被告は東京都千代田区神田神保町一丁目十番地に廣い家屋を所有し、すし屋を営み、本件家屋には子女二人女中一人が居住するのみであるから、左程の不自由も感ぜず原告の爲之を明渡すことができるのである。

と述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、

答弁として、

一、請求原因一の事実を認め、

二、同二の事実を否認し、原告と訴外株式会社加藤製作所との間には賃貸人たる原告と轉借人たる被告等との円満解決を條件として賃貸借解除の契約が成立したものである。

三、同三の事実中解除の通知及び轉借権の消滅の点を否認し、その他を認め、

四、同四の事実中損害金たることを否認し、その他を認め、

五、同五の事実中原告が家族と共に妹林春子方に同居していること及び被告が神田神保町に家屋一棟を新築し同所ですしその他の食料品販賣業を営むことのみを認め、その余の事実を否認し、被告は昭和十六年頃より株式会社加藤製作所の食堂主任として同会社に勤務していた関係上、同会社が本件家屋を賃借するや自己の住宅用として同会社より轉借し、被告の長男隆司も亦復員後昭和十九年十二月頃より同会社に勤務して被告と同居していた。ところが被告及び長男は昭和二十二年三月頃同会社より退職し、神田神保町に店舗を設けるようになつてからも右新築家屋は資金不十分のため未だ狹隘であつて被告の家族全部及び店員を收容するに足らず、その環境も病弱な被告の妻の静養及び慶應大学在学中の二男三男予備校在学中の四男の住居として不向のため、本件家屋は退社後も同会社の諒解を得て引続き同人等の住居に使用して居るのであるから、仮に原告主張のように妹春子の婚約が成立したとしても、それ丈では本件家屋の明渡を求むる正当の事由とはならない。

と述べた。<立証省略>

三、理  由

本件家屋が原告の所有であること及び原告が右家屋を昭和十六年中訴外株式会社加藤製作所に対し同会社の社宅として期間を定めず賃貸し、被告がその頃より適法に之を轉借していたことは当事者間に爭のないところである。

原告は昭和二十三年十二月五日同訴外会社との間に右賃貸借を合意解除し、同月二十五日その旨被告に通知して置いたから、それより六ケ月を経過した昭和二十四年六月二十四日の終了を以て同会社と被告との間に於ける轉貸借は消滅した旨主張しているので按ずるに、証人高橋健三の証言及び原告本人訊問の結果に依れば原告からその主張の頃被告に対し口頭を以て右通知のあつたことは看取することができるが、(之に反する被告本人訊問の結果は措信することができない。)原告が右合意解除の成立したことの証拠として提出している甲第一号証は証人岡島光次郎の証言によれば成立に爭のない乙第一乃至第三号証記載の如き経過の下に昭和二十三年十二月五日作成授受せられたもので、原告と同会社との間には甲第一号証記載の如く賃貸借の無條件解除につき合意が成立したのではなく、後日賃貸人たる原告と轉借人たる被告及び他二名との間に居住家屋明渡につき円満解決あることを停止條件として解除を承諾し、儀礼的に同証の如き書面を差入れたものであることが認められ、右認定に反する証人高橋健三の証言及び原告本人訊問の結果は前掲採用に係る証言及び乙第三号証に照したやすく措信することができない。

尤も原告の右解除の意思表示は原告の同会社に対する解約申入の意思表示をも包含していると解されるから、果して解約の申入を爲すにつき正当の事由があるかどうかを檢討するに、本件のように適法な轉貸借がある場合その基本たる賃貸借を解約するに必要な正当の事由は賃貸人賃借人双方の必要性と得失を比較考量する外轉借人の事情をも斟酌すべきものであると解するから、この見地から観察すると賃貸人たる原告が家族と共に目下妹春子方に同居中であることは当事者間に爭のないところであるが、証人高橋健三及び証人林春子の各証言並びに原告本人訊問の結果によれば原告は会社員であつてその家族は妻と母、子供二人であること及び春子方家屋は二疊三疊六疊八疊の四間より成り、春子は單身無職であつて右八疊を使用し、原告一家はその他を使用して居ることが認められ、他に特別の事情も認められないから、目下のところその住生活は必ずしも忍び難いほど狹隘なものであるとは云えないのみならず、原告が本件家屋明渡請求の主たる理由として主張する春子の婚約も未だ確定的なものではなく、春子は生活困窮のため本件家屋を他に賣却し金銭的收入を得る意図のみの爲原告に対し明渡を求めているやにも窺はれ、春子の原告に対する右明渡請求事由、從つて又原告の被告に対する本件明渡請求はその事由薄弱であり、且つ右林春子の証言及び原告本人訊問の結果により認められる原告は昭和十七年頃より引続き借家居住していた春子所有の他の家屋一棟を春子が昭和二十四年七月(昭和二十三年七月との原告本人の供述は措信できない)他に賣却するに当り之に同意してその家屋より退去し現在の春子方家屋に同居するに至つた経緯に鑑みると、原告兄妹は現今の住宅事情に照しその住生活に於いて或程度の不便を忍從しなければならない立場に在るものと云わなければならないのに反し、前出乙第三号証及び証人岡島光次郎の証言によれば賃借人である株式会社加藤製作所に於ては轉借人である被告等の事情を考慮し、今尚本件家屋と他二棟につき賃借の必要を主張しその理由のあることが認められ、且つ轉借人である被告が昭和二十二年頃神田神保町に店舗を再建し同所に於てすしその他の食料品販賣業を営んでいることは当事者間に爭のないところであるが、証人岡島光次郎の証言及び原被告本人訊問の結果の各一部によれば同店舗は應接間である板敷三坪の外四疊半、五疊半、三疊各一間と二階六疊二間四疊半一間があるので、こゝに被告とその家族である長男夫妻孫二人と住込みの使用人男女併せ七名が居住し、その他の家族は尚その狹隘と生活環境等の都合上こゝに居住し兼ね、八疊六疊四疊半二疊の四間を有する本件家屋に病身な被告の妻と目下修学中の男子三人が居住して居る実情が看取され、(右認定に反する証人高橋健三、同林春子の証言及び原告本人訊問の結果は採用しない)被告には神田の店舗兼住宅があるから既に本件家屋に対する必要性が解消したとも断じ難く、これを賃貸人たる原告側の前掲認定の必要程度と諸事情とに比すれば原告の本件解約の申入は係爭家屋の全部については勿論その一部についても原被告双方の家族数と被告方の右家屋使用程度等を考慮すると未だその正当性がないものと云はなければならない。

果して然らば原告と株式会社加藤製作所との間に本件家屋についての賃貸借が合意解除されたこと或は右賃貸借の解約の申入につき正当の事由があることを前提とし、被告に対する轉貸借の終了を理由として右家屋の明渡並びに賃料相当の損害金の支拂を求める本訴請求は爾余の点につき判断するまでもなく失当であること明らかであるから、全部これを棄却しなければならない。

仍つて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 石井謹吾)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!